第6回 「京都議定書」ってなんだろう?
エコロジーに関心のあるみなさんなら「チーム・マイナス6%」という言葉を知っていますよね。
「冷房の設定温度は28℃」や「コンセントからこまめに抜こう」など
実践方法がすぐに頭に浮かぶ人も多いのではないでしょうか。
ではその「マイナス6%」という数字はどこから来ているのでしょう?
そうです。タイトルにもあるように(笑)「京都議定書」からです。
今回は深刻な問題となっている地球温暖化を解決するために、
世界中の人が集まって作られた「京都議定書」を詳しく見て行きましょう。
京都議定書とは、1997年12月1日から12月10まで、京都市の国立京都国際会館で開かれた「第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)」で議決された議定書のことをいいます。
第3回というからには、1回、2回も行われています。
第1回締約国会議(COP1)は1995年3月にベルリンで開催され、1997年中に2000年以降の先進国の取組に関する議定書を作ると決まりました。
第2回締約国会議(COP2)は1996年7月にジュネーブで開かれ、法的拘束力のある数量目標を含んだ文書を作成して行こうと宣言されました。
この数値目標というところが関係してきそうですね。
そして1997年の開催地に京都が選ばれて開催されました。
第3回締約国会議(COP3)では、2008年から2012年の間に、温室効果ガスを1990年比で一定数値を削減することを義務づけました。(議定書が削減対象としている温室効果ガスとは、二酸化炭素(CO2)、亜酸化窒素(=一酸化二窒素 )、メタン、ハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)、六フッ化硫黄(SF6)の計6種です。)
削減率は、日本6%、米国7%、EU8%、カナダ6%、ロシア0%などとなっていて、全体では5.2%の削減を目指しています。この「削減率 日本6%」が「マイナス6%」のもとになっています。

出典:温室効果ガスインベントリオフィス
京都議定書は1997年12月に議決されましたが、発効は2005年2月16日でした。
発行まで随分時間がかかったのは、発効に際して次のような条件があったからです。
○条約の締約国55カ国以上の締結
○先進国の1990年CO2排出量の55%を占める先進国の締結
2001年3月には同年1月に就任したアメリカのブッシュ大統領が京都議定書交渉からの離脱を宣言しました。
○発展途上国が削減義務を負っていないことは不公平である
○米国の経済に悪影響がある
というのが主な理由でした。
アメリカは先進国の1990年CO2排出量の36.1%を占めていました。
アメリカの離脱で危ぶまれた京都議定書の発効は、2004年11月にロシアのプーチン大統領が批准案に署名したことで、発効の条件である「先進国の1990年CO2排出量の55%を占める先進国の締結」を、アメリカ抜きでも55%を越える61%に達したことで2005年2月に発効されたのです。
京都では第3回だった気候変動枠組条約締約国会議ですが、まだまだ続いています。
昨年(2005年)は11月28から12月9日までカナダのモントリオールで行われました。
クリントン元大統領が演説をしましたが、
「地球温暖化はすでに起こっていること、温暖化対策は経済に不利ではないこと、むしろ太陽光や風力などのクリーンなエネルギーの技術によって雇用を創出していくことができること」
などを強調し、「将来世代のためへの行動を誰も拒むことはできない」と訴えました。
現在非協力的なアメリカですが大統領選挙等今後の動きに注目したいですね。
そして今年(2006年)は11月6日から17日までケニアのナイロビで開催されます。
多くの国の様々な利害が交錯する中まとめて行くのは困難ですが、環境問題に取り組む国際会議の動きは知っておきたいですね。
